ただ、ハンベエ自身は、来るべきステルポイジャン達との戦いを控えているとは云え、千人斬りの途上、折角飛び出して来たレンホーセンを斬らずに堪えたのは、陰では頗る不本意の様子であった事を付け加えておく。騎馬隊を加えて戦力が又少し上がったところで、タゴロローム守備軍は募兵活動に掛かった。タゴロロームや近在の村々に出掛けて、王女のエレナの為に戦おうという若者を集めるのだ。募兵に従事する兵はパーレルの描いたエレナの旗を先頭に立てて進んだ。パーレルに絵を頼んだ時点で計算済みだっ劍橋英語課程たようだ。この募兵で王女エレナに近侍する侍女も15人雇い入れた。人選・・・はしようにも、15人で応募者全員であった。王宮ならともかく、戦場を廻らなければならなくなる王女に仕えようと志願する女子は中々いなかったのである。それでも、色々と不便を感じていたエレナは守備軍の心遣いに多謝したのであった。軍事調練に忙しい兵士達にハンベエは別の事も命じていた。タゴロロームの町に出掛けさせ、道路や住民の家屋を見回らせ、修繕をさせたのである。無論、無料である。人使いの荒い大将だった。タゴロロームの兵士達は毎日くたくたに疲れて、いつの間にか売春宿等の悪所からも足が遠退いてしまった。兵士達に多少不満の声が無かったわけでもないが、司令官ハンベエが先頭に立ってやるので、文句の出しようも無い。ついでながら、明かに自分の好みでやってしまったと思われる事もある。ハンベエは王女エレナの為に一人用の風呂を作ってやり、入浴を奨める一方、ちゃっかり自分の分も作った。それどころか、兵士達にも風呂を幾つか作るように奨励した上、タゴロロームの町の顔役の中に公衆浴場の経営をする者を募ったりまでした。この風呂好きばかりは、あまり賛同を得られなかったが、平気な顔で奨励を続けるハンベエであった。タゴロロームではハンベエ達が着々と戦備を整えている。一方のステルポイジャン側はどうしているのだろうイザベラ通信に依れば、彼等はサイレント・キッチンの炙り出しに必死のようであるが。エレナがゲッソリナの王宮を脱出してから、既に一月半が過ぎていた。この日、現国王の母親則ち太后であるモスカ夫人が王宮のステルポイジャンの執務室を訪ねていた。既にご存知の通り、ステルポイジャンとモスカの間はあまり上手く行っていない。前国王バブル六世を毒殺するという挙に出た太后モスカに対しては、流石にステルポイジャンもいい感情は抱けなくなっていたに違いない。というか、下手すりゃ自分も一服盛られかねないと思うのが人情ってもの。いっそ亡き者にしてしまおうかと考えたってもおかしくも無い話である。しかし、担いでいるフィルハンドラの母親であるため、中々そうは問屋が卸さないようである。ステルポイジャン陣営ではバブル六世死去の真相は厳重に秘匿され、現国王バブル七世、フィルハンドラにさえ伝えられていなかった。だが、国王毒殺の嫌疑で王女エレナを追っ掛け回した顛末は多くの兵士の知る所、臭い物に蓋で押さえ込もうとしても、目につく所では神妙に何喰わぬ顔している兵士達も、目の届かぬ所では臭い臭いと言わぬはずもない。近衛兵団を抹殺して、軍紀粛然たらしめたが、国王死去に纏わる話に箝口令が敷かれ、兵士達も滅多な事は口に出来ないと、陣中何と無く暗い空気が漂っている。